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もずはっく日記(2006年9月)

2006年9月12日

Re: (9/12d) 原理主義者と、他もろもろ。
初回投稿日時: 2006年09月12日17時55分56秒
最終更新日時: 2006年09月12日18時10分34秒
カテゴリ: CSS Firefox HTML XHTML
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意外と批判する人がいて、驚いた。あ、ちなみに私はこの件には参加できていない。

以前、私はBugzilla-jpのWeb標準化プロダクトと、そのドキュメント化のプロジェクトであるWeb標準普及プロジェクトに全力で取り組んでいたが、あのプロジェクトで得た経験や、Webデザイナ達の現状から考えると私は今回のような発想が出てくるのは至極当然だと思う。

私の実感では大多数のWebデザイナ(自覚無くても個人のblog等でCSSいじっている人も含む)は、好意的に考えても、標準仕様を知っていても理解はできていない。つまり、レベルが低い。レベルが低いサイトが未だに残っているのだから、それをなんとかしようと考えるのは当然だろう。そして、それに対するひとつの解がTouchUpWebの発想だ。私はこの考え方には初めて話を聞いた時から賛成していた。

Web標準に対する理解が昔よりは改善していることは事実だが、それでも私が期待していたよりも遥に低レベルなまま、そして概ね予想通りのレベルで、Web標準が定着してしまった(この件に関してはまた機会があれば書いてみたい)。しかし、TouchUpWebの扱うサイトは、その低レベルなWeb標準準拠サイトよりも、更に低レベルな訳だ。(現状で世界シェア第二位のブラウザでの表示確認すら怠っているというのは、標準云々以前のところに問題があるように思う。) そういう人に対して啓蒙していくことは理屈の上では正しいとしても、それがはたして効果的で、本当に利益のあることだろうか?

実際に啓蒙等の行動に移してみれば、それがいかに大変なことか分かるだろうし、どうにもならないことというのも見えてくる。(批判されている方は、自分でそういった活動はされたのだろうか?)もし、ほとんど啓蒙も行っていない段階でTouchUpWebが立ち上がっていたら、私も批判していたかもしれないが、Web標準が有志によって、ある程度啓蒙され、そして形はどうあれそれが浸透した現状において、実際にユーザが遭遇する問題への解の一つとしては、至極まっとうなものではないだろうか?

Web標準が何のためにあるかと言えば、結局のところユーザの利便性のためである。そのユーザの利便性よりも理論、理屈のみを重視しすぎて、肝心のユーザをおいてけぼりでは本末転倒だと私は思う。(GeckoやPrestoはそうじゃないのか、という意見もあるかもしれないが、エンジンにquirksを入れてしまうのは全然別次元の話である。Netscape4.xが実証し、今もTridentが実証し続けているが、エンジンの非標準な挙動は未来での長期的な不利益が、ユーザへの短期的な利益を圧倒的に上回ってしまう。)

ちなみに、

これがあるからってもう誰もでたらめなページを作るようになったらどうするのだろう.

という意見もあるが、これは自動化されたインテリジェンスなシステムではない。サイト毎に人が介入しているのだから、需要の多いページ( != サイト)から順に対応していくという運用になるのだろう(この辺、私も知らない)。そうであるなら、サイトの制作者側からすれば不確定極まりないシステムに自分のサイトを預けたいと思うだろうか? 私はそうは思わない。CSSやJavascriptを駆使しようとしたサイトは、レベルがどうであれ見せる(魅せる?)ことが目的のひとつのはずである。そういう意味ではわざわざ崩れてしまうサイトを作ってしまうという事態は考えにくい。

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